真逆から見た世界 ~どちらからでも陽の当たる場所へ~


これは神社へ参拝に行ったときの
私とパートナーとのもうひとつの会話




「お友達がね、人前でごみを拾えないんだって」

「良い人と思われるのが嫌なんだよ」





そうなのです
そのとおりらしいのです







友人と話しているとき


「誰もいないとできるけど
誰かが見ているときに良いことができないの」


その一言が私には衝撃的でした。


私は全く逆なのです。
人前でなんて関係なく
できることはしないと落ち着かない。


それは親切心からでも
きれい好きだからなどではなく


「母に叱られたくない」


この一心からなのです。





それは亡くなった母がいつでも
どこからでも見ていると思い込んでいたから。


「母が見ていたら叱られる」


率先して落ちているごみを拾った気がします。


さすがに数十年
そのように生きてきたから
いつの間にか自然とできるようになりました。



友人は真逆で人前ではできない。
少し悲しそうにそのきっかけを話してくれました。








友人がまだ学生だったころ
何気なくごみを拾ったとき
一緒にいたお友達にこう言われたそうです。


「わぁ~、偽善者」


想像してみてください
そう言われた時の友人の気持ち。



特に若いころであればなおのこと
心に響いたのだと思うのです。



とてもとても悲しい響き…



彼女はそれから約30年
人前でごみを拾うことも
知らない人に親切にすることも
ほとんどできないままでいるそうです。






せつなくなってしまいました。
そしてとても悲しんでいる
当時の彼女が見えたのです。




そんなとき
言い返したっていい


距離を置いてたっていい


だけど彼女はそうはしなかった。
言い返すことなく
そのことを気にしないようにして
ずっと仲良くしているのです。


仲良くするのはいいのです。
楽しいこともたくさんあるのだから。





ではなぜ未だに言葉が頭に残り
見えないところだけで心を配るのか。







当時の彼女が癒されていない
本当は悲しくてさみしくて


つらい気持ちを理解してほしいと
今の彼女を待っている。



本当は言い返したかったの?
そんなこと言わないでと伝えたかったの?



ううん、きっとそうじゃない



そのとき悲しかったと思った自分を

お友達に言われて傷ついた自分を



ずっと見ないようにしてきたから。



「特に意味はなかったのだろう」
「いいところもある人だし」


そうして自分を癒すどころか
悲しく感じた自分を否定さえして


本当に自分は偽善者なのではと
とても大きな思い込みを
心の片隅に抱えてしまった


そんなふうに見えたのです。






私は彼女が誰も見ていないところで
他の人が気付かないところまで
当たり前のようにお掃除する姿


本当は欲しいものがあっても
他の人に何食わぬ顔で先に譲るところ


そんな健気で素敵なところを
たくさんたくさん知っています。


だから私は目の前の彼女にではなく
当時の彼女に向けて声をかけました。




「嫌だと思っていいんだよ」
「そんなこと言うほうがダメなんだから」
「よく我慢してきたよね」




話しているうちに涙がこぼれ
気づけば食べ放題のパンを片手に
泣きながら話す大人がふたり。



30年も待っていたのですもの
涙だって自然に溢れます。



だけどそれがいいのです。
表情が明るくなって
心が軽くなっていく様子に
とても嬉しくなりました。








隠れなくっていいんです。
頑張ったねって褒めてあげて
もっともっと陽の当たる場所へ
まわりに心を配るあなたを
連れて行ってあげましょう。



それが心地よければきっと
もっと先に広がっていく
新しい世界へ行くことだってできるはず。



ほんの些細なひと言で
良さを隠してしまわないで。



何かあったらまたパン片手に
号泣したっていいのだから



それに私こそ自分は偽善者なのだと
ずっと自分を責めていた。
真逆の世界から見たおかげで
私も過去に自然と向き合うことができました。











参道を歩きながら
彼は私にこう言いました。


「誰かが見ているところでしか
 良いことをしない人だってたくさんいる
 自分を責める必要なんてどこにもない」



それはまるで自分に言い聞かせているかのよう。
彼は友人と同じ気持ちだったのでしょう。



それを知り理解しようとしたとき
今まで気づくことができなかった


優しさや思いやり
そして小さな愛さえも


はっきり見えるようになりました。








育った環境
何気なく受けた言葉
その影響はとても大きなものです。



けれどいつだって手放せます。
そんな思い込みは必要ないと
気づいて癒してあげさえすれば。



そして良い影響は
どんどんのばしていきましょう。




今は自然にできるようになったとはいえ
もとは母親から叱られたくない一心だった私。
でもそれでも少しは良い影響となったのかしら。








私の不純な動機など全く知る由もなく
つらい時期もたくさんあったのに




いつでもどこでも誰にでも
分け隔てなく自然と心を配れる息子




そんなあなたを母は誇りに思います


~愛と自由と豊かさと
  生きがいに満ちた人生へ~




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