初めての母娘喧嘩 ~悲劇のヒロインからの完全なる脱却~



”悲劇のヒロイン症候群”


こんな言葉を目にしたとき
自分もそうだったと感じました。


ですがそれは「幸せになってはいけない」
その思い込みが引き寄せ続けた現実なので
私の場合は悲劇というよりはむしろ喜劇。



だって、願い通りだったから。



どうしてそんな話をするかというと



もっと適した人を見つけたから。
それは亡くなった私の母親
母の日記を読んで
母こそ「悲劇のヒロイン」だと思ったのです。




おそらく母のものであろう日記帳
私がずっと読まずに持っておりました。



読む勇気がなかったことと
鍵がかかっていると思い込んでいたこと



今ではあまり見かけませんが
鍵がかかるタイプの日記帳



題名は「ひめし想い」



…怖くて読めないでしょう?



ですから何十年も
捨てることも読むこともできずにいました。



ですが昨年
自分を愛せるようになったとき
日記の存在を思い出し
怖いながらも読んでみることに。
なんと鍵もかかっていませんでした。



私はてっきり亡くなる前の
私たち家族のことが書いてあるものだと。



ざっと読んでみるとなんのことはない
二十歳前後の恋愛について
ひたすら当時の心境を綴ったもの。



よくある若いお嬢さんが
抱えるであろう恋愛の悩みを
哲学者のように深くふか~く掘り下げて
日常を綴っておりました。



拍子抜けして細かく読むことをやめ



「愛に溢れた人だったのね、お母さん」



そんな感想だけ持ちました。



私への教育は超完璧主義者な人でしたけれど
人間味溢れるところを垣間見て
私も気楽に生きれるようになりました。





ですが若干の罪悪感は抱いたまま。


実は読んだ後も
母は弱い人だったと思っていたのです。



激しい人だったけれど
悲しさに耐えられなかったのだと思うと
とてもやるせない気持ちになりまして…

「救えなかった」との気持ちは残っておりました。

けれどそんな気持ちが吹っ飛びます。
今回の出来事で私は完全に
悲劇のヒロインから脱却しました。




✿*:・゚




人はなぜふとしたことが思い浮かぶのでしょう。
いわゆる直観です。



”一緒にいるだけで元気になれる人”
自分もそうありたいと強く願った次の日



「日記を読んで」
そう何度も聞こえてきました。



ですから読んでみたのです。
最初からくまなく全部



突っ込みどころ満載の日記で
読み終わるのにとても時間がかかりました。




私の率直な感想を伝えてみたいと思います。



ですが生死について意見を述べますので
抵抗がある方はここでご遠慮ください。
また次回のお話でお会いしましょう♡




✿*:・゚




母が18歳の頃の話。
当時、年上の男性に恋をしていたようで
たくさんの想いが綴られておりました。



ですが弄ばれたと感じることがあったよう。
青い文字が母の文章です。



私だけは彼を信じようと思う
そうしなければあまりにも自分がみじめではないか




無理やり信じようとしたのでしょう
自然と信じることができなくてつらそうです。
そしてそのあとに続く文章に私は衝撃を受けます。



それが本当であるとしたら
生きている意味はない
信じた人から裏切られることほど
かなしいことはないのだから


泣くにも泣けない
私がどれほど真剣だったかを
死をもって示してもいい




え?なに?
死をもって示してもいい?



死をもって示すってあなた…



お母さん…



あなたは武士ですか???
他にもたくさんありました



命をすててでも



なんでそんなに命をかけるのよ!
そりゃ裏切りはつらいだろうけど
たしかに命がけっていう言葉はあるけどさ
かけるとこ違うでしょう!
どうして他の選択肢を考えないの!



そして
どうして実行しちゃったの!!!



私の憤り伝わりますでしょうか。
母がかわいそうだと思ったのは私の勝手ですが



母は信念を貫いた。
それもきっと強い意志で。



子供がいたのに
従業員さんも抱えていたのに
両親ともまだ健在だったのに




夫への愛の証明に命をかけるなよ!!!
していいことと悪いことがあるでしょう!
その選択でどれほどの人が悲しんだか!



腹が立つやら悔しいやらで
次々に文句が溢れます。
だって35年も罪悪感を抱えて生きてきたのに
命に対してそんな捉え方をしていたなんて。




母に口答えは一度もしたことがなかったので
初めて母娘喧嘩をした気分です。




「私が死んでも誰も悲しまないよね」
これは母の口癖でした。
そう思い込んでいたのでしょう。
母は生きるか死ぬか、その二択をさまよっていた。



まさにいつも命がけ
それが私の潜在意識に埋め込まれていたのです。
だから私もその思い込みに苦しんだ。



言いたいことをひと通り吐き出し
少し落ち着いて思うこと。



母も自分を愛することを知らない人でした。
周りからの愛だけを頼りにしていたのです。
感謝の言葉がもらえるよう
いつも誰かに気を配り苦しそうだった。



けれど日記の中の母は
生きることを真剣に考えていた。
命を軽んじていたわけではないのです。



一生懸命に生きようとするからこそ
自分の心がさみしさで溢れることへの
恐怖がたくさん綴られていました。



自分のことをまず愛せばいい
それさえわかっていれば
本当は何もかもうまくいったのに。



自分を愛することは
何よりも大切なこと。
でも今、私がそれを理解しているのは
息子のおかげ。



彼が元気を取り戻すために
何ができるか必死に行動した結果
自分を愛することができるようになったのだから。



母は育った環境が特殊だったので
決して母だけのせいではありません。
母の死後、祖父も悲しい死を選びました。



負のスパイラルから抜け出すこと。
連鎖するのであるとしたら
私はそれをどうしても断ち切りたい。



いつだって誰だって
幸せになると決めたら幸せになれるから。



”悲劇のヒロイン症候群”



ひとくくりにするのも
違うとは思うのですが
母がどんな葛藤の中を生きたのか



たくさんの詩が残されていますので
ご紹介していきます。




もし共感してくださる方がいらっしゃれば
ご自身を愛するきっかけにしてほしい
母のように
自分を責めないでほしいのです





誰が悪いわけでもない
自分の愛し方を知らなかった
知っていても周りの人を優先しすぎている
ただそれだけなのだと





この広い大地で私だけが一人ぼっち




”自分を愛していいんだよ”
さみしさとは自己愛を思い出してねという
お知らせなんです、きっと



~愛と自由と豊かさと
  生きがいに満ちた人生へ~




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